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ヒヤリ効果を確認するヒヤリハットのやり方を研究しよう。

ヒヤリハットに対策を講じても、効果を確認できるとは限らない。では、どうやってCAPDサイクルを回せばいいのか?

ハインリッヒの法則から始まってCAPDを回すところまで、客観説TQM研究所と共に研究しよう。

緑線

総合目次

1. 基礎的な検討

2. ヒヤリハット制度

3. CAPDサイクル

4. 第2次CAPD

5. IEA分析

1. 基礎的な検討

1 基礎的な検討

1.1 ハインリッヒ法則

1.2 ヒヤリハットの対象

1.3 前触れあり

1.4 沈黙の前触れ

1.5 点数制

1.1 ハインリッヒの法則

1930年頃、米国の保険会社に勤務していたハーバード・ウイリアム・ハインリッヒは、労災事故の発生確率を調査して、いわゆるハインリッヒの法則を発表した。

その内容は、1件の重症事故の背景に、29件の軽傷の事故と300件の傷害に至らない事故があるというもの。そして、この事故(アクシデント)に至らない前触れの出来事(インシデント)が無数に存在するという。

現在、日本でもこの障害に至らない事故や前触れ事件の発生を調査して対策を講じ、事故の発生確率を減らす活動(ヒヤリハット運動)が多くの医療・福祉関係や生産工場で行われるようになった。

 

ハット

米国では、障害の有無を問わずに事故を発生した事故を “accident” と呼び、事故に至らないが事故になりそうな前触れ事件のことを “incident” と呼ぶ。このページでは、これに近い意味でアクシデント、インシデントと呼ぶ。

 

日本では無障害の場合をインシデントと呼び、治療を要する障害や死亡の場合をアクシデントと呼ぶことが多い。しかし。これだと問題がある。

 

天井から重量物が落下し人に当たれば死亡したと推定されるが幸運にも誰もいなかった場合、これをインシデントの扱いにすることになるからである。現に起きた障害ではなく、障害の可能性を基準とするべきである

 

また、前触れのインシデントを含めた広い範囲の気付きを「ヒヤリハット」(HHT)と呼ぶ。ヒヤリハットは、「ヒヤリとした」・「ハッとした」に由来する。このページでも、この呼び方(または、HHT)で行くことにする。

 

日本では30年ほど前から多くの企業が導入したが、成果が出ている事業所もあれば、誤った活動で全く成果がないところもある。誤った活動の多くは、HHT運動の目的を誤解するところにある。

このページでは、正しいHHTの在り方を考えて行こう。

1.2 ヒヤリハットの対象

何らかの異常な出来事のうち、どの程度のものをアクシデントとしてヒヤリハットの対象と考えるべきか、問題がある。あまりに些細な出来事までヒヤリハットの対象にすると、ヒヤリハット報告が無益に多過ぎるる事態となるからである。

「人が転んで、問題にするほどのケガがなくて済んだ」というのはよくある話である。本来、この言葉に前兆とか前触れという意味はない。しかし転んでケガをしなかった場合でも運が悪ければ怪我などの事故(アクシデント)になったかも知れないので、このようなインシデントを前触れとみなすことができる。

 

しかし、怪我を全て事故として扱うのが妥当かどうか、問題がある。

・痛みが10分ほど続いた
・すりきず(自己治療)
・皮膚がむけた(自己治療)
・病院で治療を受けた

 

このようにみると、「ツバつけて、ハイおしまい」とか、バンドエイドで終わりとか、自己治療で済む程度までがインシデントで、病院治療を要するものはアクシデント扱いとするのが妥当である。なぜなら、ヒヤリハット制度の下におけるこの区別は、日常生活で普通に経験する程度か、それとも敢えて問題として取り上げて対策を講じるべきかの違いだからである。

 

対策を必要としないレベルのインシデントは、ヒヤリハットとして報告しても対策を講じないのだから、報告の対象とすべきでない。

 

問題は、病院の中で看護師が患者の指に誤ってすり傷をつけたような場合に、「ハイ、ツバつけておしまい」として片づけられないから事故扱いにするるかも知れない点である。
・母親のミスなら「ツバつけておしまい」だが
・看護師のミスなら事故の扱いになる
~との考え方は、主観的であって客観性に乏しく、インシデントを区別する基準となり得ない。基準は、そのような主観的な要素を排除しなければならい。

 

むろん、看護師が他人を傷つけて「ツバつけておしまい」という訳には行かず、何らかの軽い治療を行うこと多いであろうが、それはいわば体裁であって基準を変えるべきではない。一般の工場や商店などと医療・介護・保育施設などの間に基準の相違が出てくるのは、基準の客観性を損なっているからであって好ましくない。

 

インシデントとアクシデントの区別は、本来それほど重要なことではない。
なぜなら、インシデントで済んだ場合でも運が悪が悪ければ大怪我だったかも知れないなら対策が必要であろうし、逆にアクシデントの場合でも本人の故意・著しい不注意・泥酔に起因する場合は対策するまでもないいこともある。
どちらに属しようが、対策が必要なものは対策しなければならないことに変わりないからである。

 

事故か事故でないかの区別ががうるさいのは、
(1) 年間の事故件数を県毎に集計して発表する場合
(2) 事故か事故でないかで、支払い金額が変わる保険

~などであって、ヒヤリハット制度ではこの区別はさほど重要な意味を持たない。従って、
・自己治療で済む日常ありふれた出来事なら、ヒヤリハットの対象としない。
・母親が行った場合に「唾をつけておしまい」なら、看護師が行ってもヒヤリハットにしない。
・病院治療を要する程度ならアクシデント
~程度の漠然とした捉え方で十分であろう。

1.3 必ず前触れがある

どのような大事故も、(気が付くか付かないかを問わなければ)必ず前触れ(インシデント)の段階がある。そこで止まれば事故(アクシデント)に至らなかったという区切りがある。従って、インシデントを減らせばアクシデントも減るはずである。

 

そこで、インシデントに気付いたらヒヤリハット(HHT)事務局に報告させ、審査して、必要なものに対策を講じる制度を「ヒヤリハット制度」、「ヒヤリハット活動」という。

1.4 沈黙の前触れ

インシデントが発生しても、誰も気が付かない場合がある。だから、ハットとした事件だけではインシデントの全てを拾えない。そして、これがアクシデントに発展してしまう。

 

「ハッとした」・「ヒヤッとした」というのは、特別な能力がない人でも気付くことのできる受け身の行動である。しかし、音・光・匂い・熱・動きを伴わない沈黙インシデント(Silent incident)は、それを見抜く意思や能力がなければ気付かない。

 

実は、沈黙インシデントが一番恐ろしい。誰にも気づかれずに長年放置され、ある日突然、死亡事故として表面化する。そこに、職員を対象に「危険予知訓練」や「職場の巡回」などを実施して、沈黙インシデントの発掘を行う必要が出てくる。

 

「危険予知訓練」は、具体的なシーン(場面)を想定して、
・もし誰かが誤って、ここをこうしたら、どうなる?
・もし、このゴムホースに誰かが引っ掛かって外れたら、どうなる?
・もし、ここに別の薬を置く人がいたら、どうなる?

~という具合に、起こり得る異変を想定して、それが事故に至る可能性があればインシデントとして報告する訓練である。

 

「職場の巡回」の際に発見したヒヤリハットを記載した地図を ヒヤリハット・マップ という。 段差のある場所、蓋のない側溝、見通しの悪い曲がり角など、事故に繋がりそうなインシデントの存在を可視化する手法である。

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1.5 点数 (スコア) 制

人が転んでも、ケガや痛みが軽い場合はインシデントである。しかし、運が悪ければアクシデントになる場合がある。

  1. 転んだ場所が問題で、運が悪ければ階段から転落し、最悪の場合は死亡の可能性があった。
  2. 最悪、腕や足の骨折の可能性があった。
  3. 最悪、病院での治療が必要なケガを負う可能性があった。
  4. 最悪でも、それ以上に悪い結果となる可能性はなかった。

 

すなわち「人が転ぶ」という、それ自体は似たようなインシデントであっても、そこに潜んでいる事故への発展性は様々である。それによって、対策を講ずるべき必要性の採点(スコアリング)が必要になる。

 

上の事例について、HHTの危険度を採点してみよう。

 

HHT スコアリング基準
インシデント表

 

届け出のあった全てのヒヤリ・ハット及び事故にスコアをつけて、これを毎月集計し、グラフに可視化し、有益な情報を得ることができる(→ データの可視化)。

 

ヒヤリ・ハット制度の目的は、事故の可能性の削減にあるから、まさにスコアデータの削減にあるということができる。

2. ヒヤリハット制度

2.1 制度の概要

2.2 影響度レベル:R

2.3 目的は可能性の削減

2.4 保育園の事例

2.1 制度の概要

  1. 施設の全ての勤務者は、体験したケガなどの事故を書面、または口頭でで事務局に届け出なければならない。口頭の場合は、事務局が代筆で書面化する。
  2. ケガなどの事故に至らなかった場合でも、運が悪ければ事故に至ったかも知れない事件(ヒヤリとし、または、ハッとした事件)を体験したら、これも事故と同様に届け出なければならない。(注)単に驚いただけで、事故に至る可能性のない事件は届け出なくてよい。
  3. さらに、ヒヤリ、または、ハッとした事件でなくても、このまま放置すれば事故に至る可能性のある状態を発見したら、これも届け出ること。
  4. 施設に次の組織を置くこと。
    • HHT委員会
    • 事務局(窓口、事務処理)

2.2 影響度レベル:R0~R5

インシデントやアクシデントには、影響(被害)のレベルがある。このページでは、レベルをR0~R5の6段階に分けるものとする。R0~R2がインシデント、R3~R5がアクシデントである。

影響度レベル
影響度レベル

 

ところで、影響度レベルを設ける目的は何か?

ここでいう影響度は、想定被害ではなく現実に受けた被害である。すると、次のような取り扱いの違いが出てくる。

  1. R0~R2のインシデントは被害が些細なので、ヒヤリハットを届け出る制度を設けなければ表面化しにくい。その表面化のしにくさを分類したものである。R0~R2の中でも、正確に違いがある。R0:積極的に探さないと見つからない
    R1:見つかりやすいが届け出を渋る
    R2:容易に発見でき届け出もしやすい従って届け出のあったヒヤリハットデータを集計・分析することにより、ヒヤリハット制度の運用上、これらの性格の違いに由来する問題点を見つけることができる。例えば、次のように。R0:スコアが非常に少ない
    → 危険予知訓練と巡回制度が不足R1:スコアが非常に少ない
    → 届け出の重要性を啓蒙せよ
  2. R3~R5のアクシデントは、現に発生した被害の大きさに相応する対処の仕方を分類したものである。例えば、次のように扱いを変える。R3:主治医の処置にまかせる
    R4:さらに部長や安全委員会が関与
    R5:加えて院長が関与する病院によっては細かく、R3a、R3b、R3cのようなランク付けをする。しかし、対処の仕方を複雑にするだけで、必要性には疑問がある。

2.3 目的は事故防止にあらず

「HHT制度の目的は事故防止ではない」というと、意外に思うかも知れない。事故の削減・予防だと考える人は多い。これはある意味で正しいが、ある意味で間違いである。

 

もし事故の削減・予防が目的だとすると、HHT委員会は事故の削減・予防の効果が出たか確認しなければならないことになる。

 

(1) ある病院で5年前に看護師のミスで患者が1名死亡する事故が起きた。再発防止に向けて、その病院はHHTを導入して熱心に対策をしてきた。ところが5年やって、院長はふと疑問を感じるようになった。HHTを5年やって、果たして死亡事故の予防の効果は出たのだろうか。何しろ、1つの病院で医療ミスによる死亡事故は、10年に1度あるかないかだ。HHTをやっても効果を確認することができない。

 

(2) 正しくは、HHTの目的は事故の予防・削減ではなく、事故の 可能性(リスク)の削減である。つまり、HHT点数(スコア)を削減することが目的である。ただ、個々の病院が死亡事故の可能性を削減すれば、国や県の集計規模では死亡事故が削減された効果をみることができる。

 

ケガの場合も、1つの病院や工場でそうそう毎日ケガ人が出る訳ではないから、月度集計では効果の確認は難しい。年度集計でも、数年かけて減少傾向にあるかどうか確認できる程度である。しかし、事故ではなくリスクの削減なら、インシデント・スコアの増減でみることができる(→ 点数制)。

2.4 保育園の事例

HHT制度の目的を事故防止と認識するかリスク削減と認識するかによって、対応の仕方が異なる場合がある。

 

ある保育園で、増築前の古い傷んだ廊下で幼児がケガをした。そこで園長先生は、園児全員にその廊下を使わないように「注意のお話」をした。また、その廊下の両入り口に「ここは通らないでね!」と張り紙をした。その廊下を通らなくても他にも安全な廊下があって、そこを通れば済むことであった。

 

ある日、1人の園児が危険な廊下を通ろうとして、目撃した職員が静止して、これをHHTとして報告した。対策としてHHT委員会は、その危険通路がよく見える位置に職員を配置して監視することにした。

 

その結果、毎日数人の園児がそこを通ろうとし、その都度職員が制止することが続いた。そして、この「通ろうとする」ことが新たにHHTとして毎日報告され、ますますHTT件数が多くなった。

 

考察:

このHHT委員会は、HHTの目的が事故の防止にあると誤解して監視員を配置した。監視すれば事故を防げるからである。その結果、確かに幼稚園児が危険な通路を通るのを防止することに成功したが、HHT件数は逆に増えた。正しいHHTの目的は「インシデントをなくすこと」であり、対策としては大工さんに頼んで危険な廊下を修理すべきであった。

3. CAPDサイクル

3.1 CAPDとは

・現状の把握:C

・対策の検討:A

・対策の決定:P

・対策の実施:D

・効果の確認:C

・CAPDの反復

3.2 10点HHT

3.3 薬局の事例

3.1 CAPDサイクル

出費の大きい対策は、「やっては見たが効果がなかった」では済まない。やり直しはできない一発勝負だから、入念に調査・研究をして、失敗がない対策を実施しなければならない。

しかし、出費の少ない小改善であって元の状態に戻せる改善では、失敗が許されるから試行錯誤の手順をとる。次のサイクルである。詳細は後述する。

  • 現状の把握C (データ収集と解析:Check)
  • 原因・対策の検討A (行動:Action)
  • 対策の決定P (計画:Plan)
  • 対策の実施D(実施:Do)。
  • 現状の把握C(Check)に戻る

pdca

(注)

(1) 新規に業務を開始する場合には、業務のやり方の計画(Plan)から始まって、P → D → C→ A →…. と進める。しかし、すでに業務が行われている場合は、 C→ A → P → D →….と進める。ヒヤリハット制度は、当然に、CAPDサイクルになる。

 

(2) HHTの対策として、大金をかけて設備や人員を整えることがある。その場合は失敗が許されず、やり直しのできない一発勝負だから、CAPDを回すことはできない。その場合は、やり直しの必要がないように事前に研究を重ねる必要がある。

3.1.1 現状の把握(データ収集と解析):C

・データの収集:

HHTを経験した人は、事務局に書面等の所定の形式で報告する。

HHT報告を受けた処理担当者は、報告者と共に現場に赴いて、詳細な状況を確認し、報告書に追記する(図や写真を添付する場合もある)。

 

・データの解析:

事実関係を確認したら、現場の状況から、原因と最悪の事態を推測し、評価点を付けてHHT報告書に記録する。この場合、HHT報告者、およびその現場の状況に詳しい関係者が立ち会って、情報不足による過誤を防ぐ必要がある。

3.1.2 対策の検討:A

HHT委員会で、インシデント・スコアの高いものを優先して対策案を検討する。

直ちに良い案が出なければ、後日に再開して検討する。出費の少ない案、大掛かりな案、いろいろな案を用意する。

3.1.3 対策の決定:P

用意した対策案のうち、効果がありそうで出費の少ない案を優先する。出費の少ない対策は、CAPDサイクルで試しにやってみて、即刻、効果を確認できる場合が多い。

出費の大きい大掛かりな対策案は、失敗がが許されない一発勝負になるので、CAPDサイクルを回すことはできない。事前の研究を必要とし、上層部の稟議が必要になるので、その手続きを踏んで承認を受けねばならない。

前述の 保育園の事例 で、大工さんに廊下の修理をして貰う対策は、出費は大きいが成功間違いなしなので、他に良い案がなければこれを選定することになろう。

選定した対策について、実施に関与する人員と担当、日時、やり方の細部などを協議して決める。

3.1.4 対策の実施:D

選定した対策を計画に従って実施する。

3.1.5 効果の確認:C

これは、対策を実施した後の「現状の把握」であり、言い換えれば「効果の確認」である。効果とは、事故防止の効果ではなく、インシデントが起きない効果であることに注意しなければならない。

 

保育園の事例でいえば、廊下の入り口に貼った張り紙に効果がないこと、すぐに分かる。また、廊下の修理をした効果もすぐに分かる。

 

しかし、効果の確認に長期間を要する場合もある。例えば、床の段差で転んだケースで、ゆるい傾斜に改修しても、それで転ばなくなるかは容易に確認できない。

 

考え方として、

(1) 転ぶことによって重傷を負う恐れがある場合は、確認するまでもなく効果がある手段にすることが推奨される。例えば、仮に転んでも重傷を負わないように周辺を整備する。つまり、フェールセーフ(後述)を実施する。

(2) 転んでも重傷を負う恐れがない場合は、一応の対策を講じた状態でヒヤリハットが再発するかどうか見守る。

3.1.6 CAPDの繰り返し:

(C) 対策の効果をHHT委員会で審査し、納得できるものであれば終了する。

(A) 納得できるものでない場合は、改良 or 別案を探る。

(P) 対策を決めて、

(D) 実施する。

このようにしてCAPDを繰り返し、対策が尽きるまで継続する。

 

保育園の事例でいえば、廊下の入り口に張り出した「歩行禁止の張り紙」をいろいろ変えてみたり、ダンボールで入り口を塞いで見たりするのはCAPDサイクルであり、対策が尽きるまでCAPDサイクルを繰り返す。

 

ことが重大であれば、相応の出費を伴った対策を検討する。保育園の事例でいえば、大工さんに廊下を修理して貰うことになる。

3.2 10点インシデントの対策

報告されたヒヤリハットの全てに対策が必要な訳ではない。例えば、スコアが5点以下の場合は、費用の関係などで適当な手段がなければ有効な対策を打てなくてもやむを得ない。しかし、10点クラスのHHTでは、たとえ費用が嵩むとしても限りなく完全な対策が求められる。さもなければ、HHT活動自体が無意味である。

 

最も多く、かつ、対策が困難なものがポカミス(うっかりミス)である。ヒューマンエラー(human error)とも言い、人為的過誤や失敗のこと。 JIS Z8115は、「意図しない結果を生じる人間の行為」と規定する。

 

対策は、出来るだけ機械的にポカミスが起きないよう、または、起きても検知できるものが望ましい。例えば、最近は、次のような対策が広く実施されている。

・人工呼吸器の酸素用継ぎ手は、専用の酸素ボンベ継ぎ手でなければ接続できない。

・入院患者がヘパリン注入器の電源差込みを外してトイレに行くと、バッテリーに自動で切り替わる。バッテリーが低下すると、警報音とランプ点灯で知らせる。

・患者違いを防ぐため、患者の腕に、氏名・生年月日・ID・治療内容を記入したバンドを巻き、リベットで手では付け外し不可になっている。

・病棟の看護師が患者を手術室の入り口まで運び、患者の受け渡しの際に、手術室の看護師との間で交わす「受ベビーサークルけわたし確認」

・母親が目を離した隙に乳幼児が勝手に歩かないよう、遊び場をベビー・サークルで囲う。

 

これら有効な対策の特徴は、人がうっかりしても機械的・自動的に事故を予防し、あるいは危険を検知させることであり、広く有効性が認められている。

 

どの分野でも共通して行われる3つの対策がある。

(1) ポカヨケ(Pokayoke)

「うっかりミスの発生を防ぐ」対策、or 「うっかりミスをしても警報が出る」対策をいう。

 

例えば、

・人工呼吸器の専用の継ぎ手、
・ヘパリン注入器のバッテリー低下警報、
・患者識別バンド、
・ベビー・サークル

~などがこれに属する。なお、ポカヨケのことを英語でもPokayoke という。
Foolproof という英語は、バカチョン・カメラ(a foolproof camera 全自動の小型簡便カメラ)のように、無知・初心者・不器用も含めて広く失敗を防ぐ「バカでも使える簡単な操作の装置」という意味であって、うっかりミス対策とは全く異なる。

 

(2) 冗長設計(Redundant design)

人工呼吸器の酸素ボンベが切れてもすぐに交換するように予備のボンベを備えて置く。予備は当面ムダな要素なので「冗長」という呼び方をするが、いざというときには威力を発揮する。

 

さらに、この予備のボンベが置かれていないと警報が出るようにポカヨケにすることが多い。ちなみに、自動車の予備のタイヤ、旅客機の複数のエンジン等も冗長設計である。

 

(3) フェールセーフ(Fail safe)

インシデントによっては、発生を防げないものがある。そのうち重大事故につながるものは、発生しても影響を回避し、あるいは軽減する対策を講じる。この対策をフェールセーフという。例えば、絶対に停電が起こらない対策などない。そこで、万一停電になっても病院の自家発電によって電気の供給を継続するのがフェールセーフである。重要な会議や講習会でも、開催時の停電に備えて自家発電を使う。

3.3 薬局の事例

薬局ヒヤリハット事例集:2018年 No.1 事例1 事例番号:000000055347

【事例の内容】 〔般〕ロキソプロフェンNaテープ100mg (10×14cm 温感)と記載した処方箋に対し,(温感)を(非温)と読み違えて調剤した。

薬局背景要因】 処方箋の読み間違え

【薬局が考えた改善策】 思い込みをなくし、確認は2度以上行うことを徹底する。

【薬局内部の指導】 患者に「暖かいタイプ」であることを伝え、患者と共に確認することも有効である。

考察:
・「思い込みをなくす」

そのための方法が示されず、実施できない。「思い込みをなくした」と思うこと自体が思い込みである。

・「2回以上確認する」

確認の時間は無制限ではないから、多忙時に回数が増えれば粗雑な確認となる。

・「徹底する」

徹底するにはどうするか、方法が不明で実施できない。

2回確認(ダブル・チェック)はあまり効果がないことが報告されており、冗長設計、受け渡し確認、(電車の運転士が行う)指差し声出し確認、自動化、枠づけ確認、問答確認などが推奨されている。

 

枠づけ確認:

要素ごとの確認を促進する一手段(下図参照)。処方箋の要素ごとに鉛筆で枠を付けることによって、指差し確認と同様の集中力が生まれ、かつ、確認した記録が残る長所がある。

処方箋の枠づけ確認
枠づけ

 

問答確認:

2名の薬剤師が処方箋の要素ごとに、

・「薬品名〇〇」はOK?
・「100mg」はOK?

~という具合に問答する方法がある。これはダブル・チェックではなく、要素ごとの確認を促進する手段である。

4. 第2次CAPD

個々のHHTについてのCAPDサイクルは上述の通りであるが、全体としてのCAPDも不可欠の活動である。

・実施しているHHT活動が全体としてどの程度の効果を出しているか、
・インシデント・スコア(事故の可能性)の現状はどの程度か、
・今後どのような方針をとるべきか、

~といったレビューを実施しなければならない。これを、第2次CAPDサイクルと呼ぶことにする。

4.1 スコアの集計

4.2 データの可視化

・スコア時系列

・部署別の層別

・レベル別の層別

・集計表の分析

4.1 現状スコアの集計

HHT報告を事務局が集計する。スコアを集計する目的は、次の通りである。

1.(現状把握:C)現状の未解決スコア合計値を見る

対策を講じて納得できる効果を得たら、そのインシデントは「現状のスコア集計表」から「解決済みスコア集計表」に転記される。従って、「現状のスコア集計表」には、未解決のインシデントのみが掲載されている。

この転記は、対策を講じるたびに行ってもよいし、毎月末にまとめて行ってもよい。

 

2.(効果の確認:C)削減効果を見る

 

3.(層別)部署別、業種別、HHTのレベル別にスコアを比較し、スコアが減らす対策をどこに絞るべきか検討する。

(注)「納得できる効果」は、後述のIEA手法で合格したものであることが望ましい。IEAを採用していない場合は、ヒヤリハット委員会の協議で判定する。

4.2 データの可視化

4.2.1 スコア時系列グラフ

一番上が、全部門の合計スコアの折れ線グラフである。

部署別

 

これから分かることは、次の点である。

(1) 1月から4月までは上昇傾向にある。

HHT報告が盛んに行われ、スコアが蓄積して行った。

(2) 5月から12月にかけて、下降傾向にある。

HHT報告が一段落する反面、対策が進んでスコアが次第に減少した。

4.2.2 部署別の層別

層別とは、何らかの項目でデータを分けて差をみることをいう。そして、その差が何を意味するか、解釈して方針を立てる。年間のスコアを部署別に層別すると、外科が一番多いことが分かる。病院全体のスコアを減らすには、外科に注目するのが近道だと分かる。

部門別

4.2.3 レベル別の層別

外科の年間スコアをレベル別に層別すると、下のような結果になった。

外科のスコア

上のグラフで目を引く点は2つある。

  1. R1が非常に多い。
    これは、HHT報告が盛んに行われていると同時に、対策が思うように進んでいないことを示す。
  2. R0が非常に少ない。
    R0は、R1と違って、積極的に探さないと見つからない、いわゆる沈黙インシデントである。従って、危険予知訓練と巡回制度を進めて「もし、これがこうなったら何が起きるか?」という問答を重ねて、沈黙インシデントの掘り起こしをして、少なくもR1と同じくらいのスコアであることが望ましい。

4.2.4 「解決済みインシデント集計表」の分析

解決済みインシデントについて、上と同様のグラフを作って分析することにより、別の有益な情報を汲み取ることができる。

5. IEA:インシデント影響解析

5.1 概要

5.2 FMEAの応用

5.3 IEAの具体例

5.4 最悪の事態を考慮

5.5 危険指数RI

5.6 是正後の評価

5.1 概要

IEAは、Incident and Effect Analysis の略語で、「インシデントとその影響の解析」の意味である。これは、報告されたヒヤリハットについて、対策を講ずべきか、講じた対策で十分か、を判定する手法である。

仮に、指にすり傷を負ったという A、B、C の3件のヒヤリハット報告があったとする。最悪の事態は、いずれもすり傷程度でしかなかった。これに対策を講じるべきかかどうか、検討しよう。

 

影響S(Severety)
ここでいう影響とは、ヒヤリハットの段階で被った被害ではなく、運悪く最悪の事態に至った場合に想定される被害のことである。本件では、A、B、C の3件共に最悪でもすり傷程度であった。

 

頻度O(Occurrence)
発生する頻度を推定すると、次のように差があった。
A:状況から、毎日起きても不思議はない。
B:年に1回起きる程度
C:10年に1回起きる程度

すり傷を防止する対策は、全ての場合に実施するが望ましいが、対策に困難を伴う場合は取捨選択することになる。上の例でいえば、Aは必ず対策を講じるべきだし、Bはできれな対策を講じたいし、Cは放置しても支障ないと思われる。

 

このように、ヒヤリハットに対策を講ずるかどうかの審査において、頻度を考慮する必要があることが分かる。ただし、重要な注意事項がある。

・10年に1回起きる程度なら、敢えて対策を講じなくてもよい。単なるすり傷だからである。

・もし死亡が想定されるなら、10年に1回は「頻繁に起きる」という判断になる。あくまで、最悪に事態に対応した判断になる。

 

検知度D(Detection)
インシデントには、起きても大事に至る前に検知して対処できる可能性について差がある。

 

・発生したら最後、最悪の事態になるまで誰も気が付かないし気が付いても止められない場合。
例えば、人工呼吸器に供給するガスの種類を間違って接続すると、意識のない患者は反応しないから、そのまま死に至る。

 

・発生しても、最悪の事態になる前に検知されて対処できる場合。
例えば、血液サラサラ剤を服用している患者が手術を受けるときは、ヘパリンの点滴をする。ヘパリンの供給装置は、交流電源にプラグを差し込んで使用する。患者が睡眠中にプラグを抜いてしまう場も、自動的に電池に切り替わる。ところが、電池は30分ほどで消耗してしまうが、完全に消耗する前に警報音が出て、看護室にも電波で知らせて異常を検知することできる。

 

このような検知性の程度によって、対策が必要か判断が分かれる。

5.2 FMEAの応用

ヒヤリハットとして報告されたインシデントの対策は、

・想定される最悪の事態
・発生頻度
・発生の検知のしやすさ

~によって変わってくる。つまり、対策が必要かどうかの判断手法は、FMEAと同じでなければならない。

 

FMEAで解析の対象になる故障モードは、構造破壊である。製品でいえば、ねじの緩み、ベアリングの摩耗等が故障モードであり、工程でいえば工程設計に違反することが故障モードになる。

 

では、ヒヤリハットは、どう考えればよいか。

 

(有害な)ヒヤリハットが起きるのは、何かしらの本来あるべき姿が壊れているからである。その壊れているところは容易に分からないが、ある日、誰かがヒヤリハットで発見して報告して表面化する。つまり、ヒヤリハット報告というのは、あるべき姿の壊れている個所(=故障モード)の報告だということができる。

 

だから、ヒヤリハットで発見したインシデントを、あたかも故障モードとみなして解析(評価)すればよい。

 

IEA評価項目
評価項目

5.3 IEAの具体例

(1) 人工呼吸器に供給する薬剤の間違い
ある病院では、人工呼吸器に供給する薬剤を担当の看護師が自分で表示を確認して運んできて供給している。ある日、一人の看護師が表示の確認を忘れて間違った薬剤を供給しそうになったが、偶然に通りかかった別の看護師が気付いて事なきを得た。

 

このヒヤリやっと報告をIEA解析すると、次のようになる。

 

人工呼吸器の薬剤の間違い
薬剤の間違い

 

表の左から順に説明しよう。

  • HHT:報告されたヒヤリハットは、記載の通り
  • 原因:うっかりである。
  • 最悪S:最悪の被害は死亡。a・b・c は、これを考慮して判断。
  • a:影響を回避、軽減の対策は皆無、a=4
  • b:表示を見忘れる可能性あり、対策は不十分、b=3
  • c:意識がない患者は反応がなく検知不能、c=4
  • 積:a×b×c=4×3×4=48
  • Risk Index:RI=3.6 (後で説明)
  • 合否の判断:不合格

~と、このような結果になる。改善策を打てばどうなるか、最後に説明する。

ここで、少し説明を補充しよう。

5.4 最悪の事態Sを考慮

a・b・c の評価の際にSを考慮するのは、なぜか?

注意事項として前述した通り、すり傷が10年に1回起きる程度なら対策は不要、しかし死亡が10年に1回起きるなら対策が必要となる。つまり、最悪の事態Sを考慮した上で判断しなければならない。

5.5 危険指数RI

危険指数RI(Risk Index)は、次の式で与えられる。

RIの式

RIの値に対応して、合格・不合格の総合判定となる。

 

RI値と総合判定
総合判定

 

ただし、RI が 2.3 をわずかでも超えれば、機械的に不合格となる訳ではない。2.3 を超えるに従って不合格(対策不足)の度合いが強くなることを意味し、Sの最悪の事態を考慮しつつ総合判断をすることになる。

5.6 是正後の評価

対策として考えられるのは、受け渡し確認である。病院でよく見かけるのは、患者を病棟から車椅子で運ぶ病棟看護師と、患者を引き取る手術室の看護師が、手術室の入り口で受け渡し確認を行う。病棟看護師が患者の生年月日、氏名、ID番号を述べ、ここまで相違がないことを確認したら、今度は手術質の看護師が手術の名称を述べ、これも一致したら受け入れるというやり方である。

 

これは二人が同時にミスをする頻度を減らす冗長設計である。即ち、一人がミスをする頻度が年に1回程度と見積もって、二人が同時にミスをする頻度は、掛け算になる。このような仕組みを冗長設計という。

 

(1日/年)×(1日/年) =(1日/年)×(1/365) =1日/365年

 

そこで、本件にも同様の手段を講じるとしよう。薬剤を運んでくる看護師が患者の生年月日、氏名、ID番号を述べ、人工呼吸器への供給を担当する看護師が薬剤の名称を述べ、一致すれば受け取るようにする。

 

この対策で合格かどうか、IEAを行ってみる。

 

人工呼吸器の薬剤の間違い(是正後)
是正後

 

表の左から順に説明しよう。

  • 報告されたヒヤリハットは、記載の通り
  • 原因は、うっかりである。
  • 最悪の被害Sは死亡。a・b・c は、Sを考慮して判断。
  • 改善策:薬剤の届け看護師と受取看護師の受け渡し確認
  • a:影響の回避・軽減策は皆無、a=4
  • b:発生はほぼゼロ、b=1
  • c:b=1なら、検知不要、c=1(後で説明)
  • 積:a×b×c=4×1×1=4
  • Risk Index:RI=1.6
  • 総合判断:合格

 

b=1なら、発生しないなら検知も不要とみなして、c=1とする。
同様に、b=2なら、ほぼ発生しないなら検知もほぼ不要とみて、c=2とする。
しかし、逆はない。c=1 であっても、b=1 とは限らない。

 

この取り扱いは初めての人には奇異に映るが、長年のFMEA実務実績によって裏付けられている。

(以上)