< ブロック塀の倒壊 | 客観説TQM
  • 古典品質管理からの脱却

ブロック塀…2018年6月18日、大阪北部を襲った地震で、高槻市立寿栄小学校のブロック塀が倒れて登校中の女児が亡くなった。

 

真の原因 (true c(ause) がブロック塀の違法建築と材質の劣化だ。
倒壊したブロック塀を専門家がデータ解析すれば容易に分かるから、「なぜ、倒壊した?」などと訊く必要もない。

 

問題は、根本原因 (root cause) である。
地震時のブロック塀の倒壊事故は過去にも起きており、安全の確保が不可欠であることは広く知られている。

 

にもかかわらず、「なぜ、学校、市役所、教育委員会等が、その処置をしなかったか?」、
すなわち、管理システムの欠陥(=根本原因)である。

 

関連する法令に、このような事故が起きないようにするための管理規定があるはずだが、
その規定のどこに欠陥があるか?
これを解明しない限り、同様の安易な事故の再発を予防できない。

 

出張講習

なぜなぜ分析:

1なぜ:なぜ、予防できなかったか?
報道によれば、事故の3年前に同小学校は問題のブロック塀について防災アドバイザーから「危険な状態」との指摘を受けて市に調査を依頼した。
市教委の素人の担当者が目視と打音検査を行ったが、安全性に問題はないと判断し、学校側の指摘を生かさなかった。

 

そうだとすると、調査を依頼する側が専門家で、調査・判断する責任者が素人という矛盾した管理システムになっていたことに気づかされる。

 

2なぜ:なぜ、そのような矛盾する管理システムになったか?
これを追究するのも「なぜなぜ分析」である。

 

筆者は建築基準法のことをよく知らないから、ここでやめておくが、
建築基準法も、単に違法・合法を規定するだけではダメだ。
合法性を実現する仕組み(管理システーム)を規定すべきであろう。

 

予見可能性:
事件の後、市は専門家らで構成する第三者委を設置し、原因の究明を進めているという。
だが、第三者委は一連の点検について、目視のみなどの不備があったとしつつ、「塀の大部分を破壊検査する以外に安全性を確認することはできない」として、倒壊の予見は不可能だったと結論付けた。

 

「塀の大部分を破壊検査する以外に安全性を確認することはできない」ということが、なぜ、予見可能性を否定することになるのだろうか?

 

「安全性を確認することはできない」=危険だ、ということのはず。安全性を確認することはできないにも関わらず放置したことは、過失以外の何物でもないと思うが、どうか?

出張講習

(以上)